あらすじ
高校時代にスポーツクライミング選手としてインターハイにも出場した筑波岳。しかし、訳あって大学では競技を続けないと心に決めていた。
そんな岳に目をつけたのは、登山部の部長・梓川穂高。大学敷地内に勝手にテントを張り、コンビニにでも行く感覚で気軽に山登りに行ってしまう変人だった。穂高の手で岳は半ば無理矢理、登山部に入部させられてしまう。
幾度か二人で山を登ったある日、岳のスマホに高校時代のコーチ・宝田謙介からの電話が入る。しかし、そこからは風の音が聞こえるだけだった――。(額賀澪さん公式HPから)
拙評・感想
インターハイに出るほどの選手でも、将来(セカンド・キャリア)のことを考えるらしい。この小説では、主人公の筑波岳が高校から大学へ進学した時点で、スポーツクライミングから足を洗っている。
その理由は、高校時代のクライミング部コーチで元オリンピック代表候補の宝田謙介の存在と彼のセカンドキャリアの実績が芳しくないと聞いたことによる。
どんなにがんばってオリンピック選手になったとしても、日本ではそのあとの仕事の保証がほとんどない。
そういう意味では、筑波岳くんの選択は正しいと思う。
最初は慶安大学のスポーツクライミング部の国方晃から勧誘を受けていたので、渋々入部して活躍する物語かと思ったが、
いろいろあって、山岳部に入部し、梓川穂高と登山にのめり込む。本の表紙もリアルな山の頂のようだ。
物語が急展開したのは、あらすじで書かれているとおり、『幾度か二人で山を登ったある日、岳のスマホに高校時代のコーチ・宝田謙介からの電話が入る。しかし、そこからは風の音が聞こえるだけだった――。』ということがあってからだ。
その後、知らされた恩人・宝田コーチの滑落死。
筑波岳は、過去のことを思い出す。
宝田コーチは、岳に「自分で道を見つけて、登ってみるといいよ」と言った。コーチはスポーツクライミングの面白さを伝えてくれた。
しばらくして、岳は頭角を現し、宝田コーチのおかげで、一年生でインターハイ優勝をつかむ。
その後三年生になり、自分の将来を見据え、引退の決意をコーチに伝えたとき、しつこく慰留されて、岳は、「最低な一言」を言ってしまった。
「実力もないのに競技を続けて、貴方みたいになりたくない。」 これは言い過ぎだが、日本のアマチュアスポーツの問題点を突いている。
このことがあったのと、滑落直前にスマホに電話が入ったという事実で、岳は、宝田コーチの滑落が、事故ではなく、自分の言葉を気にしての自殺だったのではないかという思いに悩まされ、山岳部の活動をしばらく休止する。
山岳部の梓川穂高は、筑波岳と山に登りたくて、宝田コーチの死の真相(事故か自殺か)を調べる。
一方、筑波岳は、先輩の梓川穂高について、水瀬さんから、山で遭難者を救って感謝状をもらっているという情報を得た。
スマホで検索すると、そのときの新聞記事で梓川は、「自分も山で命を救われたことがある」と語っていた。
こうなると、梓川穂高も何か影を抱えていそうである。
山に登るときの感覚についてつぎのように書かれていたのが印象深い。
『自分の体から一枚一枚、何かが落ちていく。余分なものが剥がれ、抱えきれなかったものを道中に少しずつ降ろしていく。きっと、下山時に拾い集める羽目になる。』
山に登ると、本音が語られるというストーリー展開が何回も出てくる。それにより謎は解かれていくのだ。だから名探偵がいるわけではないが、山が(登山が)その代わりになっているという点は面白い。
わたしも、自分の本音を知るために、低めの山にでも登ってみたいなという気持ちになった。二十代後半に、富士山登頂、立山登頂、六甲全山56km縦走までやったものの、釣りにハマって以来、何十年も山とは縁がない。
人の死について、自分が誘導してしまったのではという責任感が残ると、一生辛い思いをすることになる点は、想像できる。
筑波岳も梓川穂高も、その辛い中を生きているといえる。どういうことか、というと、例えば、自分が誘った旅行で、友人が事故で亡くなる、ということがあった場合、「自分が誘わなければ・・・」という思い、責任感が湧くということはあり得るということ。この小説でもそういうことが、ふたりの人生の大きな課題となっていると思う。
筑波岳が物語の終盤で宝剣岳に登り、何かを掴んだとき、慰霊登山について、梓川穂高が語る。
『慰霊のための山登りは、自分のためにするんだ。少しだけ気持ちが軽くなって、少しだけ大事な人が死んだことを受け入れられる。』
そういうことか。と御巣鷹山に登る遺族の気持ちが分かるような気がした。
そして、宝剣岳から下山の途中で慰霊登山する宝田コーチのご両親と擦れ違うシーンに遭遇する。
わたしは、目頭が熱くなって、家族にバレないように目薬を指してからリビングルームへと向かった。
主な登場人物
筑波 岳 慶安大学1年 高校のクライミング部出身 インターハイ出場
国方 晃 慶安大学3年 スポーツクライミング部の部長
梓川穂高 慶安大学3年 山岳部
水瀬文彦 慶安大学 ミステリ研究会
宝田謙介 筑波岳くんの高校時代のクライミング部コーチ 元オリンピック代表候補
額賀澪(ぬかが・みお)さんのプロフィール
1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。
2015年、「ウインドノーツ」(『屋上のウインドノーツ』に改題)で第22回松本清張賞、同年、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞。
ほかの作品に『沖晴くんの涙を殺して』(双葉社)、『風に恋う』(文春文庫)、『できない男』(集英社)、『タスキメシ 箱根』(小学館)、『タスキメシ』(小学館文庫)など。(ネットの紹介文より)
〆