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ある男 平野啓一郎 A MAN 第70回読売文学賞 弁護士の城戸は、別人だと分かった事故死した「ある男」の生き方にのめり込んで行く...

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まえがき
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。

ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。(表紙裏の文章より)

この本の備忘録として、あらすじと感想を残します。

平野啓一郎さんのプロフィール(本書の紹介文より)
1975年 愛知県生まれ。ひらの けいいちろう。
1999年 京都大学法学部在学中に投稿した「日蝕」により芥川賞受賞
2008年からは、三島由紀夫賞選考委員を務める。

著者の作品(裏表紙の裏の紹介文より)
小説
葬送 第一部 上 (新潮文庫 新潮文庫) [ 平野 啓一郎 ]
滴り落ちる時計たちの波紋」
決壊(上巻) (新潮文庫) [ 平野 啓一郎 ]
決壊(下巻) (新潮文庫) [ 平野 啓一郎 ]
ドーン (講談社文庫) [ 平野 啓一郎 ]
かたちだけの愛 (中公文庫) [ 平野 啓一郎 ]
空白を満たしなさい(上) (講談社文庫) [ 平野 啓一郎 ]
空白を満たしなさい(下) (講談社文庫) [ 平野 啓一郎 ]
透明な迷宮 (新潮文庫) [ 平野 啓一郎 ]
マチネの終わりに [ 平野啓一郎 ]

エッセイ・対談集
考える葦
私とは何かーー「個人」から「分人」へ (講談社現代新書) [ 平野 啓一郎 ]
「生命力」の行方 変わりゆく世界と分人主義」

2016年刊行の長編小説「マチネの終わりに」は20万部を超えるロングセラーとなった。

あらすじ
城戸さんが主人公。バーで静かに飲んでいた城戸さん。彼は自己紹介をしたが、その名前も経歴も、実はすべて嘘だった。
城戸さんはいつもひとりで飲んでいて、私たちは夜更けまで語らう仲となった。
わたし(作者)は、城戸さんを小説のモデルにしようと考えた。
城戸さんは、ある男の人生にのめり込んでいくのだが、わたしはその城戸さんに見るべきものを感じた。
作者は、城戸さんのことを語り始める前に、里枝という女性について語り始めた。
里枝の実家は、文具店で、米良街道沿いの商店街に僅かに残った一軒だった。
里枝は二十五歳で建築家の卵と結婚し二子を設けるが、下の子を二歳で亡くし、離婚して、長男とともに帰省し、谷口大祐と結婚するが、結婚後三年九ヶ月、林業の事故で他界 享年三十九歳であった。
里枝は、文具屋の仕事を手伝いながら、毎日、ぼんやりと過ごしていた。実際に都会から戻って生活してみると、一人取り残されているような寂しさを感じた。そんなとき、大祐が店に現れ、スケッチブックと絵具を買っていくようになった。
口数の少ないその男に、近所の奥村さんが、絵を見せてほしいと話しかけてしまったので、里枝はもう大祐は来店しないのではと心配していたが、すぐに二冊のスケッチブックを持って現れた。偶然、奥村さんも母もおらず、二人きりとなった。
そして、親しくなった二人は結婚する。しかし、幸せは続かず大祐は、事故で死んでしまう。親族には連絡しないでくれと言っていたが、里枝は大祐の兄の恭一に連絡する。
ところが、遺影を見た恭一は、これは弟ではないと言ったのである。

城戸章良は、理恵から最初の離婚調停の代理人を引き受けた縁で、今度の谷口大祐が他人であるという件についても手を貸すことになり、兄の谷口恭一に会ったのだが、こんな兄なら弟は逃げ出したくなるだろうと思った。
四十三歳の城戸には、妻と子がいるが、仕事柄、人より世間の不幸に接する機会は多く、自分の人生の幸せについて考えさせられた。
城戸は自身の出目の悩みと、谷口大祐になりすました「ある男」の思いとを重ね合わせながら、少しずつ真相に近づいてゆく。
誰もが一度は、あのときこうしていたら、とか、もし別の人生が手に入ったなら、と考えたことがあるに違いない。
はたして、「ある男」の正体は誰か? 彼は幸せだったのか。 弁護士城戸は自身の家庭状況にも揺れながら、「ある男」のことを調べずにはいられなかった。

作品の背景
この作品を書く背景となった、バーでの出来事が最初に書かれている。
「私」は、おそらく、いやまちがいなく著者である。このような書き出しで始まるのも悪くないという感じがした。その城戸という男は、自分を他人と偽っていたのである。

作品の感想
詳しい感想になったので、少しネタバレに近い記述もあります。
私は当初から事件の解決に興味があったが、思った以上に、在日韓国人の視点や思考や事件などのことが書かれており、城戸章良の人格というか成り立ち、立ち位置などが詳細に語られている。いったい、この小説の主題は何だろうと思った。
そして、あらすじで書いた二度目の夫の死と、その人物の正体が、名乗っていた人とは別人であったことには驚きを覚えた。
「死だけは誰も取り替えることができないはずだった。」
自分の死んだ次男のことも思い出して混乱し、里枝は「誰が死んだの」と考える。・・・「遼は結局、自分の死を、自分で死ぬしかなかった。里枝には、里枝が死ぬべき死しかないのだった。」 少し哲学的になってきた。
少し勉強になったのは、この物語のように、なりすました夫との結婚や、死亡は、戸籍を訂正できるということである。家庭裁判所に、戸籍訂正許可の申立というのができるらしい。一年近くかかることもあるとのことだが、物語では五ヶ月で認められ、二度目の結婚も、未亡人でもなくなったと書いてあるが、最初の父の子である遼にしてみれば、学校に通う間に、姓が二度も三度も変わるのは、友達に対してどう言えばいいか困惑していることに、親として気付いてあげるべきだったという里枝の反省は、尤もなことと感じた。
思い出してみれば、私も小学生のころに母子家庭の友だちはいたし、大学では親が離婚して姓が変わった同級生がいたし、就職後は養子になって姓が変わった先輩もいたことを思い出したが、そのときの自分のその人たちに対する態度はどうだったかということについては、今まで全く気にしてもいなかったことに気づいた。
城戸は、弁護士としての人生を「これでいいのだろうか?」と考え、震災の衝撃を経て、「これで良かったのだろうか?」と問い直していた。我々中高年は、物語の中で書かれているように、『自分と言う人間を、それらの過去として捉えていた。かつて未来だった人生は、かなりの程度過去となり、彼がどういう人間かは、大方判明しつつあった。』という感慨は自分にもあると思った。
そして、城戸は日本に帰化しながらも、在日韓国人としての意識があり、『彼を見舞ったもうひとつの不安が、関東大震災時の朝鮮人虐殺の記憶の再来であり、更に昨今の極右の排外主義だった。』という。在日韓国人としての思考もこの小説の重要な要素である。そして、東日本大震災後というのも、しっかりと意識レベルで、重要な要素となっている。
城戸は『人はなるほど、「おもいで」によって自分自身となる。ならば、他人の「おもいで」を所有しさえすれば、他人となることが出来るのではあるまいか』と考えて、谷口のことを羨んでしまうほどで、城戸の夫婦生活も破綻しそうだ。
物語の後半で、城戸の言葉を借りて著者が言う。「人格は生まれつきと育った環境による」と。そうなると、殺人を犯すような人間になってしまうのは、運やまわりの社会のせいだという論調の文脈が強くなっており、これは著者の考えであろうか。ただし、偏ったものではなく、そういう見方もできるなとは感じた。
また、同時に語られているのは、加害者家族と被害者家族の視点や悩みである。被害者の親族の苦しみはよく報道されるが、何も悪いことをしていない加害者の親族の苦しみの報道はほとんどないというものである。
そして、加害者の子供だから、将来罪を犯すだろうという、世間の短絡的な考えに憤りながらも、加害者の子供と揶揄されて育つ環境が、その子らを犯罪者にしてしまっているのではないか、全て自己責任と言うのは愚の骨頂だ、とも語られている。
その環境から抜け出すために、誰にも迷惑を掛けずに、戸籍を交換したのなら、それ自体は犯罪であるが、何の改善努力もしない人に比べれば、自分でなんとかしようと努力したと言えるのではないだろうか、という考えも垣間見える。
弁護士という仕事は、いろんな人の人生を知ることになるので、自分自身はそれを反面教師として「賢く」生きていけるのだろうと想像するが、ここに描かれている城戸は、自分はそうであるが、家族も同様に「賢い」わけではないことに気づいていなかったのかもしれない。妻が飲み会で遅く帰った次の日、妻のスマホの上部のバナーにハートマークがついた妻の上司からのメッセージが一瞬表示されたことからもそれが窺える。
本書の最後に載っている参考文献からも、いろいろな要素が盛り込まれていることが分かる。戸籍に関する本、関東大震災の本、アンチヘイトの本、在日朝鮮人の本、加害者家族の本、芥川龍之介の本などが記載されていた。

主な登場人物紹介
・私(著者)
・城戸章良(きどあきら)1975年生まれ、弁護士 推定43歳
・城戸香織 1978年生まれ、自動車会社OL 推定40歳
・城戸颯太 4歳
・中北さん 城戸の先輩
・武本里枝、25歳で建築家の卵と結婚、子:悠人、遼(2歳で死亡)
・谷口大祐 里枝の2番目の夫、結婚後3年9ヶ月で他界 享年39歳
(子:花3歳 祐人12歳のとき)
・谷口恭一(大祐の兄)
・後藤美涼(ごとうみすず) 谷口大祐のかつての恋人 バーテンダー
・伊東林産の社長
・高木 バー・サニーのマスター

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