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神の悪手 芦沢央 ~将棋対局、詰将棋をモチーフとした短編ミステリー五話~

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神の悪手 芦沢央 ~そんな神に愛されたとして、それが何だというのか~ (2021年5月20日 第一刷発行)

内容紹介、感想

目次

第一話 弱い者 2011

 災害の避難所での将棋の対決、相手は12歳の小学六年生。
 被災者が必要としているものは、将棋の指導対局ではないと言われたが、世間では宮内冬馬の活躍による将棋ブームとなっている。

 北上八段は、三十八歳で、二十八年前に地震による津波で両親を失ったことから、避難所での復興イベントとして石埜女流と共に指導対局のイベントを開催した。

 だが、そんな優しい北上八段はタイトルを持っておらず、最近は若い後輩らにどんどん追い抜かれている。

 そんなとき、避難所で出会った少年に才能を感じ、育てたいと考えて、奨励会に入るか、内弟子にならないかと聞いたとき、「それなら、すぐにここから出られますか」

 想像もしていなかった少年の悲痛な叫びを北上八段は受け止められるのか。。。

第二話 神の悪手 2004

 岩城啓一が奨励会に入ったのは、十三歳のころ。十八歳の今は三段である。二十六歳までにプロになれなければ、退会である。将棋しかできない二十六歳が社会に放り出されるのである。

 次の啓一の対戦相手は、活躍中の宮内冬馬である。その一戦で宮内が勝てば、彼は若くしてプロ棋士の条件を揃えてしまう。啓一は宮内の踏み台となるのだ。

 そして、いまギリギリで戦っている先輩の村尾の家に連れて行かれて、明日は宮内に勝ってくれと、自分が予想した宮内の棋譜を見せたうえで、連戦となる啓一には八百長負けをしつこく頼んでこようとした村尾の手を振り払ったとき、村尾は転倒して頭を打ち、動かなくなった。

 翌日、啓一は何事もなかったかのように、対戦会場へ足を運んだ。
 倒れた村尾は来ていないようだ。

 啓一と宮内の対戦が始まった。啓一は、村尾が予想した棋譜どおりに打っていき、宮内が劣勢になっていく。果たして啓一は、勝利できるのか。。。

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第三話 ミイラ 1998

 詰将棋は、将棋の終盤力を鍛えるために取り組むが、いつの間にか、将棋よりも好きになってしまうこともあるらしい。
 やがて自分でも作りたいと思うようになる。
 だが、これが結構難しい。正解以外の手順はすべて不正解になるようにしておかなければならない。

 常坂さんは、雑誌「詰将棋世界」で、読者が応募してくれる作品からいいものを選定する検討者だったのだが、ある日、自作の詰将棋の投稿に、十四歳からの応募があった。

 だが、駒の動きすら理解していないような作品だったので、余詰めを指摘しておいたら、しばらくしてその少年、園田光晴くんから「反論」がきた。

 編集部としては、ど素人の戯言に付き合っている暇はないのだが、いっそ「詰将棋の作り方講座」でも載せようかということになった。

 ところが、かつて「少年、園田光晴」の名を見たことがあるという編集者が、過去の事件を探しあてた。希望の村事件。当時九歳の子が教団施設内で父親を(死なせたくなくて)殺した(儀式を施した)事件である。
 
 詰将棋の世界には、変則(フェアリー)詰将棋という、特殊ルールが用いられたものがあるという。

 終盤は、常坂さんが、少年が「反論」してきた意図を推理するストーリー。
 詰将棋好きならもちろん、推理好きならもっと感心すると思われるオチで詰む。

第四話 盤上の糸 2018

 亀海要(かめがいかなめ)は、十八年前の八歳のとき、両親を自動車事故で亡くし、自分は頭を損傷し、失認の症状が残った。物体を認識することができない。目の前にはさみを出されても、何に使うものか分からないのだ。

 その後の彼の面倒をみたのは、装身具職人の祖母と将棋の棋士であった祖父である。要は奨励会に入り、十八歳の春に四段に昇段して棋士になった。

 このあと、「亀海要」と「向島久行」の将棋対戦が繰り広げられている、と思って読んでいたが、どうやら違うようである。

 向島久行(むこうじまひさゆき)は、将棋中継を見ている一般視聴者で、新倉大治郎という棋士を応援しているのだ。将棋中継を見る観戦者は、画面に映し出される“AIが導き出した「正解」”を見ながら観戦しているのである。

 このような設定で、「亀海要」と「新倉大治郎」の対戦が進む。文面はそれぞれの心情が、一手打つごとに描かれていて、棋士の対戦中の思考が分かるように構成されている点が面白い。

最終話 恩返し 2019

 将棋の対戦前日に、対局前検分が行われる。これは、対局者二人が実際の対局室を訪れ、空調や照明、座布団や脇息、そして駒や盤などを確認するものである。

 駒師の兼春(かねはる)は、その対局前検分に赴いていた。
 師匠と共に出品したのだが、国芳棋将は、いったん兼春の駒を選んでから、師匠の駒に選び直したのだ。ぬか喜びをした兼春は、ショックを受けていた。

 そんなとき、駒の作成依頼主がやってきて、国芳棋将の行動についての解釈を聞かせてくれたのである。

 その後、国芳棋将は、弟子に敗北して、二十二年ぶりに無冠となった。
 新しい将棋に挑戦しようとしていた国芳棋将は、対局前検分でなぜ駒を変えたのか。駒の依頼主が話してくれたのとは違う解釈に気づき始めた。

 何冠も持っているものの苦悩と、歳を経るにつれて無くなっていく冠。そのたびに同情や嘲笑などに耐えてきた棋士の敗戦後のインタビューでの素直な受け答えが清々しい。

芦沢央さんのプロフィール

1984(昭和59)年、東京生れ。千葉大学文学部卒業。2012(平成24)年、「罪の余白」で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。2016年刊『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞候補に、2018年刊『火のないところに煙は』が第32回山本周五郎賞候補となり、第7回静岡書店大賞を受賞、さらに、第16回本屋大賞にノミネートされる。2020年刊『汚れた手をそこで拭かない』が第164回直木賞候補、第42回吉川英治文学新人賞候補となった。ほかの著書に『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』『貘の耳たぶ』『僕の神さま』などがある。(新潮社の情報より)



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