システムエンジニアの男がコロナ禍で彼女とホテルで過ごしながら仕事をしたり(第1話)、子どもの持てなかった夫婦が弟夫婦の子らを預かっていろいろ考えたり(第2話)、ある男が引っ越しを機に発見した昔書いた小説を読み返しつつ過去を振り返ったり(第3話)、出張先で取引先の男の製作する映画に出演しているような、いないような表題作旅のない(第4話)など、コロナ禍の人々のどこか人生を振り返るような感じの短編作品。
この作家の本は、装丁やタイトルが変わっているのか?
ちょっと調べたが、そうでもない。
これの前に読んだ「引力の欠落」の装丁が変わっていただけかもしれない。
あらすじ
悪口
ソフトウェア会社に勤務する男が、コロナ禍で女と悪口の練習をする。
この男は、コロナ禍でさえ人類の人口は増えている、という情報に興味を持っている。
この男は、ホテルに泊まり、女と悪口の練習をしながらメールを見てソフトウェア開発の仕事もする。
これが、今時のビジネススタイルなのかは、ぶっ飛びすぎていて僕には分からない。
ソフトウェア会社の社員だけど。。。
この男は、「あらゆる人にもっと人生なめくさってほしい」と言う。どういうこと?
そして「出力の割に評価されようとしている人間は不誠実」とも言う。それはそうだ!
このバツイチ男の論理をもっと聞いてみたい人は、読んでみるといい。
つくつく法師
その男は、ソフトウェア業界に身を置く。
幼い子がいて、リモートワークをする男。
かく言う私も、コロナ禍後の今も週三でリモートワーク。
もちろん、このあらすじと感想文は業務終了後に書いている。
一方、この物語は、コロナ禍の真っただ中である。
コンビニに一緒に行く幼い息子とのやりとりの描写にも、死生観のようなものが漂う。
主人公は、二十代の頃、三人の女性と定期的に逢う関係を築いていた。
あれ、村上春樹さんの本にも似たような状況があったような気がするが、定かではない。
そんな彼は、コンビニで見た雑誌で偶然、芥川賞のことを知った。
その当時、書きかけた小説は、十篇ほどで、その内容が綴られる。
僕と柊二(シュウジ)は大学で知り合い、柊二の別れた彼女のなつみと、そうとは知らずに付き合った。
柊二は理想の死に方について語った。閉じこもるのだ。
主人公の僕は会社の仕事をリモートで軽くこなして、子供の相手をしている。
コロナ禍下の夏、蝉が鳴いている。
アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシ。
息子は、セミの抜け殻に興味を持ち、主人公に話しかける。
だから何なのか。セミの抜け殻のような生活とでもいいたいのか?
芥川賞に応募するきっかけのストーリーを語りたかったのか?
何を感じ取ったのか、は、読者に委ねられた、のかな。
ボーイズ
離婚した弟夫婦の子ども二人を預かる子供のでき(てい)ない兄夫婦の話。
預かった弟夫婦の子ども二人を「ボーイズ」と呼ぶことにした。
兄夫婦は、「子どもをつくる必要はあるのか? 義務はない?」などと問いかける。
問いかけつつも、弟ら(元夫婦)の子らとドンジャラをして遊ぶ。
さきの問いかけが、読者へ問い掛けたいことだろう。
【悪口】のところで書いたが、「コロナ禍でさえ人類の人口は増えている」から(わざわざ自分たちが子どもをつくらなくていいんじゃない)と考えているのだろうか?
あなたは、どう思う?
わたしは、地球温暖化で日本が海に沈む前に、日本人が居なくなって滅びるのではないかと心配してしまう。
旅のない
タイトルが完成してないような違和感がある。
気になるから読むことに、してしまった。
見事に作者に釣り上げられた太刀魚のごとし。とうてい太刀打ちできない。
車で自治体へ業務アプリのプレゼンに向う四人。
その中のひとり、村上さんが学生時代に撮ろうとした映画について話始める。
その話が、だんだんとおかしな感じになっていく。
そして、スマホを使って、その場で映画を撮り出す村上氏。
驚くこの小説の主人公がその映画の主人公となる。
その映画の主人公の男は、ずっと移動して人生を送っているという設定だ。
生活のベースとなる自宅が無いから、「旅をしたことが無い」という。
それが「旅のない」の定義らしい。
その男は、「旅のない“男”」と呼ばれた。
おっ!タイトルが完成した。
いつのまにか、映画の撮影から現実に引き戻される。
そして、主人公もあなたも、どれが現実なのか分からなくなる。
この感覚とオチを味わいたいなら、ご一読。
上田岳弘(うえだ たかひろ)さんのプロフィール
1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2015年に「私の恋人」で三島由紀夫賞、2019年に「ニムロッド」で芥川賞受賞。(本書の紹介文より)
〆