『昭和40年男』 佐川光晴 ~オリンポスの家族~ あらすじ 感想
はじめに
今度は、あまりパッとしないタイトルの本を選んでみた。誰も読んどらんのやろな。。。
と手に取る。意外にキレイ。だから、やっぱり読まれとらんのや。
ま、綺麗な方が消毒もせんでいいし(いつもしないが、この本を選んだ言い訳をしている)。
んー、装丁も好みやないなあ。たまにはいいか。(また、言い訳)
あらすじ、感想
じゃりン子チエは神
なんや、けったいなタイトルやなあ。
さて、まじめにあらすじ書こーっと。
登場人物
山田三男 やまだみつお 体操の元日本代表選手 怪我をして専業主夫 160センチ
山田莉乃 妻 スポーツメーカー勤務 走り幅跳びの元日本記録保持者 176センチ
山田美岬 長女 二十二歳 美人アスリート 新体操の日本代表チームの一員
山田千春 次女 中学二年 クラスメイトから姉とは似てないとからかわれ一時無口になる
三男の母 敏子
莉乃の母 静江
仮面ライダーの主題歌を歌って家事をする山田三男の描写から始まった。
ああ、これはしょーもない昭和の小説やな、と思いながら、いちおう30ページは読まんとわからんなと思って読み進める。
文体は簡易だし、内容は(タイトルも)漫画みたいで、海外ミステリーに比べると、読むのが辛いなどということはない。
妻の莉乃は、仕事柄長女への期待が大きく、次女をまったくかまわない。
次女の千春は、学校でからかわれたせいで、まったく口をきいてくれなくなっていた。
以前、千春がまだ元気だったころは、家に男の子を連れてきてコンピュータゲームをする。
それに飽きると、千春の父の三男(みつお)が昔からやっていたボードゲームをするが、勝ち負けを決める遊びをしていないので、負けた子を気遣うとか、わざと負けたり順番をゆずるということができないようだった。
こうゆうことが、電車でのマナーにも表れているかもしれない。
わたしも電車の中でマナーの悪いガキを注意したことがあるが、どうしようもない。
改善もしなければ、反抗もしてこない。手は出せないから「注意」だけが空中を飛んで行った。
(今考えれば、反抗もされなくて、不幸中の幸いだったかも)
三男は、実際にその名の通り三男坊で、小さい頃は要領もよかった。兄貴らは勉学に励む中、三男は運動神経もよく、鉄棒で遊んでいてスカウトされて中学の特進クラスの体操選手になった。
1980年、日本はモスクワオリンピックをボイコットしてしまったのである。
なつかしい、そんなこともあったなあ。三男はまだ14歳だった。
やがて、体育大学に入学し、ソウルオリンピック代表選考となるオランダの世界選手権で、無理をして大けがをした。
再起不能であった。付き合っていた今の妻の莉乃が支えてくれて、今の主夫の三男がいる。
リハビリして復活し、子供もできた。長女と次女。長女に至っては、新体操の有名人にまでなってしまった。
むかし怪我で帰国して落ち込んでいた時に読んだのが「じゃりン子チエ」だった。
まだ、喋ってくれない次女に、「じゃりン子チエ」を押し入れから引っ張り出して渡した。
すると、奇跡が起きた! 大阪弁になった千春は、毎日元気に話すようになったのである。
だが、すぐに千春は元気がなくなった。
学校から電話があり、「懇談会を開催するから詳細はお子様から聞いてください」というものだった。
千春が言うには「柳君という子が転校してきた。交通事故で車椅子だったために、クラスの男の子たちからいじめを受けた。」という。
かつて、車椅子生活を強いられ、プライドを大きく傷つけられた経験のある三男は、何故、二週間も言わなかったんだと千春に言い、学校へ向かった。
先生から、千春ちゃんは柳君を手助けしようとして、「いい子ぶってんじゃねえよ」と言われていたらしい。
三男は、心の中で千春に謝った。
(この辺で、昭和40年男さんよりちょっと年上の私も涙腺が緩んだ (´;ω;`))
そして、先生に懇談会での発言を提案して認められた。
懇談会で、柳君のことを取り上げることは、ご両親も希望された。すでに先生は生徒との反省会は実施済であった。
家に帰って千春に謝った三男は、じゃりン子チエの影響で大阪弁では話すようになった娘の話を聞いた。「お姉ちゃんはオリンピックに出ようとするほど運動神経がいいけど、ウチにはないからその気持ちがちっとも分からへんねん。勝つって、そんなに大事なことやろか」
おお、中学生にしては深いこと言うなあ。おっちゃんも分からへんわ。
仕事に集中する妻の疲れを労わって、千春の学校でのことや懇談会で自分が話すことを、妻には言わない三男は我慢強いなあと思った。優しいなあのほうがいいかな。
そして、三男は懇談会に出席した。
かつて、体操の日本代表だった時に怪我をした大会の映像を持参していた。
そして、頚椎損傷のため車椅子に乗った写真、松葉杖をついて歩く写真が会場に写し出された。
「わたしの怪我は、無理をした私の、いわば自業自得です。でも柳君の交通事故は、本人に何の落ち度もありません」
それで、十分だった。生徒たちは深く反省した。
「・・・けどな、今日のおとうはん、ホンマにかっこよかったで。さすがは昭和40年男や」
(いつまで、関西弁やねん! 涙・・)
星一徹の涙
千春は中二に始めた囲碁にはまり、高校生になってから囲碁部に入った。
そして、長女の美岬は、引退して今日、スポーツキャスターのデビュー日である。
そんなとき、群馬県沼田市の義母の静江さんから助けを求める電話が入った。
義父の征郎さんがいじめるのだという。
ここから二時間半もかかるので、すぐには飛んでいけないのだ。
妻も福岡に出張中だ。
かつて門前払いをされた、まるで「星一徹」のような、妻の父には二十年も会っていない。
そして、自分の両親もかつて、「星一徹」に罵倒されたと明かしてくれたときは落ち込んだものだ。
ここで、円谷幸吉の話が紹介される。東京オリンピックマラソンの銅メダリスト。人気を妬む人々の誹謗中傷で、三年後に自殺する。世間から持ち上げられて有頂天になり、身を誤った人は数知れない。
そのほか、お世話になった義母の静江さんとのことを思い出していて、ふと我に返った。
「おとうはん、もうすぐ美岬姉ちゃんのスポーツコーナーやで」
妻の兄の勝也さんは北海道で医者になっていた。
妻がお兄さんに電話して聞いたところ、静江さんは少し認知症が出ているとのことだった。
頑固な義父がいるのに、義母の静江さんが認知症になったら、厄介なことになる!
義兄と三男は、いっしょに沼田に行くことになった。
やはり、家の前には義父が仁王立ちしていた。
ここからは、息子の義兄も知らなかった、義父と義母の物語が話される展開となる。(涙)
「星一徹」が、何十年も義母を護っていたのだということが分かり、ようやく団らんができる未来が訪れそうな予感がしてくるのであった。
百恵ちゃんフォーエバー
そうだよなあ、とタイトルを見て思う。
さて、気を取り直して物語を読む。
平成から令和に変わるころの話らしい。
三男の家に、美岬あての不審なファンレターの包みが届いた。
“我は山田美岬の守護霊なり”と書かれている。
気持ち悪いので、中身は見ずに放置していたら、兄たちから連絡があり、その包みを渡してほしいという。
いきさつを聞くと、昔、弟の三男だけが両親に甘やかされているのを羨ましく思っていた兄たちは、うっかりカルトに手を出してしまったらしい。
なんとか、抜け出した二人だったが、未だにそのカルトから郵便物が届くという。有名人となった姪っ子の美岬ちゃんにも送ったと添えられた手紙に書いてあったらしい。
三男は、兄たちから、自分が羨ましく思われていたと知って、長年の胸のつかえが取れたようだ。
そして、三男は囲碁の得意な千春を連れて沼田を訪れるようになっていた。
義兄の勝也さんは毎月沼田に来ているようだ。
一方、妻の莉乃は、仕事一筋で、要介護3の実母にも興味がないようだった。
とはいっても、莉乃のストイックさを三男は知っていたから黙っていた。
学生時代の莉乃は、後輩の美人ジャンパー矢島さんが日本新記録を出してマスコミが押し寄せて、それを規制しない大学を非難し、矢島さんが非難されるのをかばったりしていた。
「日本人って、横並びが好きよね。負けても勝ってもみんなで・・・」
(たしかに、そうだ。スポーツ選手がマスコミのせいで、こんなに苦労していることも分かっていなかった。読書は為になるなあ。)
その矢島さんがプロ宣言をして、大学を去った。スポーツ選手なら、その覚悟のすごさが分かるそうだが、日本のマスコミは否定的な論陣を張った。
当時、三男は大けがをして、体操選手としては再起不能になったが、生きている。それに対して、プロの陸上選手としてアメリカに渡った矢島さんは銃の乱射事件に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。
妻の莉乃は男社会の日本のスポーツメーカーの部長として、2020年の東京オリンピックの取材で忙殺されていて、家族の前でも笑顔にならないのだと分かっていた。
次女の千春は高校二年生で囲碁二段となり、三男もシニア・マスターズの体操選手として復活できそうになったきたが、ニュースキャスターの長女の美岬が元気がなさそうだった。
三男と千春が、お姉ちゃん、好きな人がいるんちゃうか、で意見は一致した。
忙しい莉乃は知る由もない。
長女の美岬から突然のメール。明日番組が終わったらそちらに帰ります。
返事をする三男の手が震えた。
タクシーで帰って来た美岬は、予想通り、結婚して退職すると言った。
相手は、来年北海道大学の准教授になる中村哲郎さん35歳だという。
ものすごく運動音痴だと言って、美岬は笑いをこらえていた。
三男は、仕事は辞めなくていいのではないかと言うと、「山口百恵さんが歌手として活動していたときのことを覚えている?」と聞いてきた。
もちろん、引退のシーンはあまりにも有名だ。
そして、こう言った「6歳から新体操を始めて、一目に晒され続けて、もう疲れちゃった」
なるほど、百恵ちゃんも「普通の女の子に戻りたい」から引退したのだった。
さて、問題は妻の莉乃がこれを受け入れるとは思われないことだ。
人一倍厳しい今の部長という立場を支えているのは、娘で美人キャスターの美岬であることは間違いなかった。
三男が勇気を出して話をすると、莉乃は鬼のように怒り狂った!
そんな母の態度の理由を、次女の千春はよく分かっていた。母が頑張って働いてくれたおかげで主夫の三男も娘たちも大きくなれた。今の母にはキャスターの美岬が必要なんや!
三男は、妻の莉乃とその父「星一徹」を和解させる決意をした。
さて、どうやって?
そして次女の千春に相談した。(なんでや!)
まあ、それはいいとして、結局千春からヒントはもらえた。かつて口を利かなくなった千春をどうやってその気にさせたかを思い出せ。千春が言うには、お母ちゃんは、自分が苦しんでいる本当の問題を直視できないんやて、とネットの情報を教えてくれたのだった。
そんなとき、莉乃の父から、静江さんがボケる前に、遺産相続の話をしたいと呼び出しがかかった。でも、これには裏があった。千春は侮れない。
三男は莉乃と娘を連れて、義兄とともに沼田へ向かった。
そして、要介護3の静江さんと千春が莉乃が話すきっかけを結果的に作った。
「おや、大人の莉乃と子供の莉乃がいる」
そう、実は千春は莉乃の若い頃そっくりだったのである。
子供の莉乃が、大人の莉乃にインタビューを始めた。
「大人のリーちゃんは、後悔していることはありますか?」
こんな簡単な状況設定で、人間は本心をさらけ出す。
ついに、莉乃はそれを語った。
そう、仕事に注力しすぎて子育てが出来なかったことが重荷になり、自分が嫌いだと思っている父に似ていることが気になっていたらしい。
こんなとき、じゃりン子チエのような千春がしゃべると場が和むのだった。
九月になって、光三男は代々木体育館にいた。
親戚一同の声援を受けて、三十二年ぶりの鉄棒である。
そして、平常心で技を決めた!
もし、あのとき、自分が決めていれば、そのワザは「ヤマダ」になっていたはず。
いまは「コールマン」と呼ばれている。
おわり。
感想
なかなかの感動巨編でした。
ミステリーに偏っていた読書も、たまには「家族小説」もいいかなと思いました。
まあ、タイトルの「昭和40年男」が気になっただけですが、私と弟のちょうど中間の世代の話やなと思って読んでみました。
いやあ、介護の話も身につまされます。
有名スポーツ選手や芸能人の苦しみなども、話は聞くのでそんなもんやろ、その代わり儲かってるからいいよな、ぐらいにしか思ってなかったが、小説で読むと、しかも同年代のみつお(三男)さんになってしまい、感情移入が大きかったので、心に染みました。
細かいカセットテープの描写もあり懐かしかった。自分も40年前のカセットを持っていますが、まだカセットレコーダーで再生できるのです!
いつかCDにコピーしないといけないと大事に持っていたが、いまやインターネットの時代で音源はネットの中に必ずあるので、もう全部処分しても大丈夫な時代になってしまった。
思い出の「物」が、あまり要らなくなった今の時代に、「物」ってなんだろうと考えてしまいます。
でも、思い出の「VHSテープ」や「8ミリビデオテープ」は、ネット上にはないから、再生できません。
あらためて、写真にしておけば良かった、と思います。これこそ捨てられない。家族の思い出が入っている「ハズ」だから。
読み終えて、なんかさっぱりしたなあ。
これは、同年代ではない人が読んだら、どんな風に感じるのかなと思う。
佐川光晴さんのプロフィール
1965年東京都生まれ、茅ヶ崎育ち。北海道大学法学部卒業。
2000年「生活の設計」で第32回新潮新人賞受賞。02年『縮んだ愛』で第24回野間文芸新人賞受賞。
11年『おれのおばさん』で第26回坪田譲治文学賞受賞。19年『駒音高く』で第31回将棋ペンクラブ大賞〔文芸部門〕優秀賞受賞。
小説に『生活の設計』『ジャムの空壜』『静かな夜』『おれたちの青空』『おれたちの約束』『おれたちの故郷』『大きくなる日』等、エッセイに『牛を屠る』『主夫になろうよ!』『おいしい育児』等がある。(WEB上の紹介文より)
〆