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『 音速の刃 』 未須本有生 書評・感想 航空機事故には必ずウラがある

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『 音速の刃 』 未須本有生 書評・感想

目次

レビュー

展開の面白さ、見どころ

この小説は、沢本由佳と長谷川稔という同期でライバルの二人が、旅客機とスクランブル機の設計・製造・飛行試験のなかで、それにかかわる試験パイロットや顧客でもある防衛省や自衛隊の人たちの助けを借りて、いい飛行機を製作していこうとする物語である。

その過程で、問題のある部長の壁に突き当たって去ってゆく優秀な先輩たちを見たりして、会社生活における人間関係や部署間の摩擦なども経験する。

そして、とうとう事故が起こってしまう。
原因は特定され、なんとか顧客から見放される事態は回避された。

だが、疑問を感じた沢本由佳は会社を辞めて今はパートナーとなっている倉崎修一と事故原因の再調査を行う。

この小説は、「航空機の事故には必ずウラがある」という教訓を胸に抱き、原因究明に向う沢本由佳と事故によって無くなったパイロットの仇を打つ退職したベテランパイロットの決意と行動が描かれている。

一般論として、公表されている事故原因がウソだとしても、真の原因は突き止めて手は打ってほしい。

なお、最後はバレなければ敵討ちをしてもいいのかと考えさせられるストーリーでもある。
まさに、タイトルの「 音速の刃 」を使うのであるが・・・。

これでスカッとしたかと言えば、そんなことはないのである。

内容を少し

F-35 最新型戦闘機


F-35には、最新のHMD(ヘルメットマウンテッド・ディスプレイ)が採用され、飛行に必要な情報や戦闘機の火器管制情報をヘルメットに内蔵されたディスプレイに表示させるシステムである。

F-35は、アメリカのロッキード・マーティン社が中心になって開発したステルス機である。
そのF-35が訓練で事故を起こしてしまう。
発表されたF-35の事故の原因は、「バーディゴ」(パイロットが強烈なGを受けて平衡感覚を失う)だとされた。

一方で、日本はこのF-35を140機以上購入するらしい。
専守防衛を掲げる我が日本に、なぜステルス機が必要なのか?
かつては、ステルス機はアメリカの専売特許であったが、いまやロシアや中国が量産を開始するようになってしまったので、ステルスにはステルスで対抗しようというわけであるが、それにしても140機も必要だろうか。

日本は機体の製造に一切関わっていない。使っているだけという「ユーザレベル」だけの日本では、事故が起きた時に、正確な原因を徹底的に調査することができない。
そうなると、同様の事故が再発するかもしれない。だから純国産の飛行機が作れる技術が必要なのである。

旅客航空機YBJへの舵


四星工業は、戦闘機の組み立てのほか、TF-1、TF-1Aというスクランブル機を生産しているが、エンジンだけがアメリカ製であった。

そこで、四星工業は、官需脱却をはかり民需に舵を切った。
当初その小型旅客機YBJが初飛行にまでこぎつけたが、今は暗礁に乗り上げていた。

その様子が、約三年半前に遡って描かれる。



TF-1Aの納入後、長谷川稔は、航空機開発部 第一設計課へ転勤となった。念願の航空機設計の職場である。

独断の宮迫部長と、何も決められない吉井課長という、プロジェクトを進める上では、部下たちが最も苦労しそうな組合せである。

そんな中で自分の意見をまとめようとする長谷川稔の態度には感心するが、とくに若い人の場合、現実は、先輩方の態度に同調しがちで、このように行動できないものだろう。

長谷川の元同僚の沢本由佳とフリーライターの倉崎氏の会話を聞いていると、やはり技術課長や技術部長は、なにがしかの得意分野を持っている人が強いと思うし、技術的な決断に説得力が生まれます。

宮迫部長が現在の仕様を覆す決定をしたのは、今の仕様では他者の製品と比べて物足りなく、「将来を見据えた提案を誰かがしてくれないか」という期待を込めてのものだったのだが、このとき、自分の意見で対抗したのは若い社員3人だけ。

何もできない吉井課長よりは宮迫部長の方が良いと思うし、このように将来を見据えた戦略を描けている部長は、実際にはなかなか居ない気がする。

飛行機のテストには多額の金が掛かるはずだが、宮迫部長が先手を打ってくれているのは心強い。またテスト費用を抑えるために、飛行機がリースできるということも分かって勉強になった。著者の経験が生かされた話だろう。

この小説は、現場に行ってパイロットの意見を聞くことの大切さや、実際にどんな感じでコミュニケーションを取るのかが具体的に分かるので、同様の業界へ就職したい人は、この小説もそうだが、未須本有生さんの他の小説も読んでみるといいだろう。研修の読本にして、ディスカッションしてもいいかも知れない。

長谷川が宮迫部長に対抗した4つの視点や、P129 「安全を確保しつつ手順を簡略化する」といった課題は、航空機業界の共通の課題のはずで、技術者たちは常にそういった課題と向き合っていることが分かる。



また、型式試験認定を早く通すためには、政治力も必要であり、人脈がある人が力を持つことになる点は、どの業界もそうであろう。

政治的な理由から、安全性が後回しになる例が具体的に書かれていて、業界の体質を理解する参考になる。(人間の本質のような気もする)

著者プロフィール

1963年、長崎県生まれ。東京大学工学部航空学科を卒業後、大手メーカーに勤務。F‐2戦闘機設計チーム(FSET)のメンバーとして開発に参加。1997年よりフリーのデザイナー。2014年『推定脅威』で第21回松本清張賞を受賞し小説家デビュー。設計サイドの視点で描かれる物語は、特に航空・防衛関係者から「リアルすぎる」「見てきたかのよう」との評価を得ている(ネットの情報より)

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心に残る名言

P15 航空機の事故には必ずウラがある
これは、主人公 沢本由佳が仕事で得た教訓である。

書籍・著者情報

・形式 単行本
・出版社 文藝春秋
・ページ数 407頁
・著者 未須本有生(みすもとゆうき)
・発行 2020年6月30日


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