加害者と被害者の人生、昭和の安保闘争や政治運動、朝鮮人差別、日本文壇の作品、好きだった幼なじみなどの要素が絡み合う世界が描かれています。
長い小説だった。あと五回ぐらい読まないと、すっきり理解できそうもない。
600ページは、きつい。主要登場人物が記載されていたので、気持が続いた。後半は加速した。ミステリーとして読んだ場合の、真犯人に関する部分は割愛して、おおよそのストーリーを備忘録として記します。
序 昭和四十七年
吹雪の向こうに、十メートルを超える巨人の影を見たという祖父のハルビンでの体験を聞いている。その話と自分らが子供のころ体験した「不審な男二人を雪の中追跡した時の記憶」が交錯する。
第一章 さよならの今日に 令和元年
河辺久則は、眠りかけにスマホで起こされ機嫌が悪い。いきなりの電話で故郷の長野に呼びつけられた。呼び出したチンピラの茂田に会いに行くと、河辺の友人の五味佐登志がボロアパートで死んでいる現実を見せられた。茂田は、ボスの坂東に言われて、五味の世話をしていたという。先日様子を見に来るとこのとおり死んでいたといい、五味からは自分が死んだら河辺に電話するよう伝言されていたという。
五味佐登志から渡された文庫本に書いてあったポエムは大金の隠し場所だという。茂田は金はほしいが、そのダイイングメッセージを解読できなくて、河辺に連絡をしてきたということらしい。河辺は、元警視庁刑事だが、いまはデリヘルの運転手だ。
そのポエムはこうだ。
巷に雨がふるやうに わが山に雪がふる 幼子は埋もれ、音楽家は去った
狩人と、踊るオオカミの子どもたち 真実でつながれた双頭の巨人
そのチンピラの茂田と河辺はお互いの情報を語り出す。茂田は五味からお宝の話を聞いたときのことを話し、河辺は自分と死んだ五味が幼馴染みで、ほかに三人の仲良しがいて「栄光の五人組」と呼ばれていたことを話した。
第二章 すべての若き野郎ども 昭和五十一年
五人組のひとり、竹内風花は、妹分の崔春子が、工業高校の悪ガキらに朝鮮人という理由だけで襲われたことへの報復を、五人組の残りの男子に命令した。
報復を果たしたのち、彼らは高校生となり、バラバラになったあと、たまに集まるのだった。
そして、彼らが小学六年生だったときの、森の中にあるペンションに止まった翌日に、不審な男二人を雪の中追跡した時の話を春子に語り始めた。
男たちは指名手配中の活動家だった。彼らは逮捕され、五人は「栄光の五人組」となった。
例年通り竹内家に集まった五人は、キョージュの朗読を聞かされる。
風花の親父の竹内三起彦は中学教師だが、キョージュと呼ばれており、今年は永井荷風の随筆をみなに聞かせるのであった。そのあとは、飲めや歌えや、である。
飲み過ぎた後、河辺久則は春子を負ぶって家まで送った。
そこで、セイさんこと岩村清隆に重大なことを教えられた。
おまえらが、このまえぶっちめた奴らの中に、ちょっとややこしいのがいたんだよ。
いつのまにか、セイさんと久則がドライブしながら映画、小説、思想などを語っている。
「村上(龍)の小説もそうだろ! 敗北と挫折の鬼っ子だ。あれはたぶん、敗戦が・・・。だっておかしな話じゃねえか。生まれたときから敗けを押し付けられてよ。おれたちは、闘ってすらいないのに」
(なるほど、そんな見方は気づきもしなかった。)
いま、そのややこしい奴のところへ向かっていると分かった久則はビビッていた。
松本にあるその白い建物から、眠っているはずの、ぶっちめた飯沢伸夫はベッドに居なかった。
真田町にもどり、年の瀬の竹内キョージュの家で、男三人で呑んで、娘の風花の帰りを待つが、夜の八時を過ぎても帰って来ないので心配していが、やっと帰ってきて一安心した。ところが、電話がかかってきて、崔春子の兄の文男が帰って来ないという。
そして、キョージュの娘の千百合も、帰って来ず、十日が過ぎた。
千百合の絞殺死体が発見された。
千百合の父であるキョージュが言う。
「どんなに苦しくとも、無慈悲な理不尽に希望を奪われたとしても、決して・・・美しい未来をあきらめてはならんのだ」 強い人だと感心していたのだが。
五人組は、何もするなと言うセイさんとの約束を違え、自分たちで犯人をやっつける決意をする。そしてとうとう犯人の目星がついた、と思い込んでいて、その名を口にした。
キョージュが、五人組の話を盗聴し、彼らが口走っていた間違った犯人を成敗するために銃を持ち出したと分かったときは、すでに遅かった。
なんの罪もない朝鮮人一家は皆殺しにされた。
(なぜ、このようなことになってしまうのか。自分で「無慈悲な理不尽に希望を奪われたとしても・・・」と語っていた本人がその無慈悲の元凶になってしまった。)
数日後に、千百合さんを殺害したとみられる近藤征人の死体が発見された。彼はかつて五人組の機転で捕まった左翼運動家の二人組の一人だった。ということは、出所してからの復讐なのかと考えたが、ちがうようである。(次章に記載)
そして、生き残った春子の父、三起彦は人違い殺人鬼とされた。
第三章 追憶のハイウェイ 令和元年
場面は第一章にもどる。河辺久則は茂田に第二章の内容を話したという流れだ。
当時、新聞部に所属した千百合さんは、顧問の男性教師に感化され、安保闘争、全共闘運動、左翼運動、対米従属に対する異議申立て、反資本主義、戦後体制の打破を叫ぶ右翼などの政治運動のこと、この不平等で不公平な社会の変革が良いことだと考えるようになっていた。
それゆえ、千百合さんの父は強引に彼女を退部させたが、大きな親子喧嘩になってしまった。
千百合さんの運動家との交流は続き、近藤と出会ってしまった。
ふたりはいい仲となる。五人組が中学生なら、千百合さんは二十歳くらいで近藤は二十五歳くらいだったらしい。
河辺は佐登志が残した金塊の隠し場所の暗号を解くために、長野市の図書館へ向かった。暗号が解けた二人は、目的の場所に向ったが、その場所はすでに誰かが掘り返した後だった。
河辺は茂田が佐登志を殺していないと確信し、その金塊の隠し場所だったところに茂田を残したまま立ち去り、デリヘル運転手の日常に戻った。
しかし、茂田の兄貴分のチャボに見つけられてしまい、河辺は長野まで拉致された。
待っていたのは、チンピラどもの元締め、坂東だった。冷徹なこの男は、紳士的?な水責めで河辺に三百万円の借用書を書かせた。期限が来たら強制的な手段も使って合法的?に取り立てるつもりだ。
河辺は、借金を返済するために、監視役のキリイと茂田との三人で、暗号を解く鍵を探すことになった。
第四章 強く儚い者たち 平成十一年
河辺がまだ捜査一課の刑事だったころの話。
河辺はPHSで、後輩で捜査二課の海老沼と何やら紅閃グループの赤星について話している。
突然、かつての五人組の外山高翔から電話が入った。
二十年ぶりに会ってみると、芸能界でまあまあ成功した様子だった。河辺が捜査一課にいることをかぎつけ、助けを求めてきたのだ。
というのも、外山高翔は、二十年前の朝鮮人家族惨殺事件を焚きつけた小学生らのことを記事にする、いやなら一人二百万、全部で一千万払えという脅しを受けていたからである。
高翔、河辺、佐登志は、金太と風花を探し出す相談をするが、佐登志は降りるという。
高翔は、誰から脅されているのか。
河辺は、松本の施設に向った。そこには、すっかり変わり果てた春子がいた。彼女は、一家惨殺から免れたが、その後の人生は想像に難くない。
河辺は、春子の父・英基のアパートを見つけるが、部屋には何もなく、血の匂いがした。捜査一課の刑事・河辺の推理では、このアパートで英基は殺され、犯人はそれを隠すために家賃を払い続け、そして娘の春子を施設に入れた、ということになる。
河辺は、松本警察署で、岩村清隆(セイさん)の所在を聞くと、清隆と仲が良かったという男を紹介された。その男はなんと、河田が昔、眼を潰しかけた飯沢伸夫であった。
彼の話では、終業式の日、文男を呼びつけて暴行はしたが、腕は折っていないという。ではあのときの文男の腕のギブスは何だ、誰が文男をあんな目に会わせたのか!
その後の調査で、次のことが分かった。
1990年ごろ、外山高翔はバンドから裏方に転身し、ショービジネスの世界で成功した。
岩村清隆は、事件のあと英基と春子と松本で暮らしていた。パチンコ店勤務や万引きで英基と春子を食わせていた。春子には夜の仕事をさせていた。
そして、高翔から電話が入ったが、翌日、高翔と春子は車の中で遺体で発見された。
(その理由は、この章の終わりに書かれていますがネタバレになるので伏せます。)
第五章 巨人 令和元年
河辺、茂田、キリイは、外山高翔の実家に向かった。
兄の恭平に会った。熊のようにでかい。
暗号を解くため、かつて高翔が作った曲のレコードを探した。膨大なコレクションからようやく見つけたが、ジャケットの中のレコードは、粉々になっていた。歌詞カードは無く、レコードも聴けない。手がかりは消えたということか。
河辺は、兄の恭平に聞くことにした。すると、五味佐登志・竹内風花・石塚欣太が訪ねてきたという。再び死んだ佐登志のアパートに戻ると部屋は荒らされていたが、散らばった大量の本に何か暗号を解くヒントがないか探し始めた。
そして、帳面を見つける。キョージュ(千百合の父の竹内三起彦)が書いた「竹山雪花日記」だが、五人組が生まれた年とキョージュが河辺たちを栄光の五人組と呼び始めた年の二冊の帳面が無かった。
河辺は佐登志のケイタイにクリーニング屋の電話番号が登録されていたのを思い出し、その店を訪ね、店主に五味佐登志について聞くと、洗濯物を預かっているというので、見せてもらうと、高そうなスーツ一式であった。
二十年前に再会したゲームセンターの飯沢伸夫に、また会いに行くと息子しかおらず、父は三年前に他界したという。五味佐登志が訪ねてたとき、父から聞いた自主製作レコードのことを話したら、五味も持っているからいらないと言われたらしい。これは驚きだった。
そして、飯沢の息子は遺言を伝えた。
「吊るし雛は濡れていたか」
レコードを手に入れた河辺らは、再び、佐登志のアパートに戻る。
監視役のキリイにも暗号のことはバレてしまった。レコード店でレコードを再生してもらい、スマホに録音した。これが、暗号を解くカギなのか。
帰る車の中で、「竹山雪花日記」を茂田に読ませた。「二月七日、・・・千百合のこしらえた吊るし雛をチュンジャ(春子)へ贈り、・・・」
彼らは、佐登志へ古本を売りに来ていたという古本屋へ向かう。豪雨の中、やっとたどり着いた。店はもう閉まっていたが、店内に動く影があった。ドアを開けて侵入したが、一足遅く、ハットを被った男を取り逃がした。足あとから、石塚欣太であると確信した。
一方、佐登志の面倒を見ていたはずの茂田は、佐登志からあるブツを盗んだ。
佐登志はそれを知りつつ、茂田を責めるかわりに、金塊の話をでっちあげ、そのブツが換金されないように、暗号化の話を仕組んだらしいと判る。
佐登志は石塚欣太に殺されたのだ。佐登志の世話をしていた茂田は、敵討ちをするつもりだ。
古本屋から逃げた石塚欣太は、会えなかった古本屋の店主を探しているはず。河辺と茂田は、大雨特別警報が出ている中、店主が避難しているであろう近くの避難所へ向かった。
石塚欣太は、逆に河辺たちを尾行していた。避難所に現れた石塚欣太は言った。「ぼくは千百合さんの仇を討つ」と。
あの日。千百合が失踪した日の千百合の部屋の窓の外に吊るされていた吊るし雛は、誰に何の合図として使われたのか? 双頭の巨人がつながれた真実とは。
「吊るし雛は濡れていたか」という飯沢の息子から聞いた文言が気になる。
チンピラ坂東は、手下のチャボらを使って、河辺と茂田を襲わせた。
そのあいだに、石塚欣太は消えたが、チンピラ坂東の手下を返り討ちにした河辺らは、坂東へ電話をかけて交渉し、石塚欣太の行方を聞き、その場所(別の避難所)へ向かった。
河辺は石塚欣太に追いついた。ところが石塚欣太もまた獲物を逃して倒れていた。
そして、石塚欣太は佐登志を殺しておらず、犯人扱いされたことを怒っていた。彼もまた真犯人を追っていたのだ。
河辺は、ついに真犯人に追い付いた。
真相はこうだ。STOP!
(真相は、読んで確認してください。)
セイさんと佐登志はずっとつながっていた。
「法が裁く力を失くしても、記憶は追いかけてくる。けっして逃げ切れない速度で。」
第六章 誰ぞこの子に愛の手を 令和二年
河辺は、かつて五人組が家族同士で集ったペンションに来ていた。
そこは佐登志の縁者が経営しているという。そして大量殺人鬼の娘というレッテルを貼られてしまった栄光の五人組のひとり、竹内風花がいた。
河辺と風花は、人生を振り返った。まだ「美しい未来をあきらめてはいない」のだろうか。なぜ彼女がここに居るのか、読んで確かめてほしい。
呉 勝浩さんのプロフィール
1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。「道徳の時間」で江戸川乱歩賞、「白い衝動」で大藪春彦賞、「スワン」で吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞受賞。第162回直木賞候補(本書の紹介文より)
著者の作品
「ライオン・ブルー」、「マトリョーシカ・ブラッド」、「雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール」など(本書の紹介文より)
〆