著者 桃野雑派 書評・感想
レビュー
展開の面白さ、見どころ
舞台は、中国、南宋の時代。
登場人物の素性は、物語が進むに連れて語られるので、初めは人物像が掴めず、しばらくは辛抱して読み進めなければならないが、ほどなくして武侠(武術の達人)たちの出会いの場において、突然始まるストリートファイトは、いきなりゲームの世界へ迷い込んだような情景となり、アニメでも見ているかのような感覚になりました。
内功(気を操る極意)、外功(外面的な武力)、軽功(身を軽くする極意)という力の付け方により、各武侠(ファイター)たちの能力の彩が変わるのも、ストリートファイターやドラゴンボールのイメージと重なります。
師匠の梁泰隆とただ一人の弟子である蒼紫苑。
だが弟子の彼女は、かつて誘拐されそうになった師匠の娘の恋華を族から救う際に、胸を切られて外功の能力を失います。というかなりのハンデ、逆境が与えられますが、工夫と努力で精進していきます。
闘い、多種な性愛、謎解きが融合しており、南宋の時代の様子や武侠の世界の掟、戦国時代のような国勢の下で物語が破綻していないのは、物語のエリアがほぼ閉ざされた宴会場と湖の中の道場だけというエリア内で、闘いや謎解きが進行したからだろうと思います。
内容を少し
蒼紫苑(そうしおん)は、師父(しふ)の梁泰隆(りょうたいりゅう)が、詩や兵法を教えることに疑問を持ちます。
一介の武侠に何の役に立つのかと。
そして、奥義を伝承するのは自分ではなく、部門の違う見ず知らずの者だと言われて蒼紫苑は面白くありません。
「お前に私の武術は必要ない」
蒼紫苑は、外功の喪失により奥義の継承は叶わないのです。
奥義とは何か?
蒼紫苑と恋華は、師父が奥義を授けると呼び集めた三人の武侠との饗宴の準備と対応をしますが、師父がその日から翌日にかけて、殺害されてしまいます。
師父の部屋から見つかった書簡の内容から、「奥義とは恋華お嬢様である」と結論付けられそうになります。
このままでは、恋華お嬢様は、好きでもない武侠の誰かと結婚させられてしまいます。
パートナーの蒼紫苑は焦ります。
ここからは、ある種ミステリーになります。ここまでは、武術の達人たちの戦闘シーンが見られるとワクワクしていたのですが。
そうか、この作品は江戸川乱歩賞でした! 探偵物のはずですね。
さて、そのミステリーのポイントとは、
- 師父が殺された湖上の楼閣は完全な密室?
- 誰が師父を殺したのか?
- 見つかった書簡に書かれていたとおり、奥義とは恋華お嬢様を指す暗喩なのか?
師父の人生に関わる悲壮な事件と、それをきっかけにした壮大な計画が進行していました。
その師父が殺されたということは、その計画を破綻させようとした者がいる!?
外功を持たす、昨夜から内功を封じられ、軽功の力も弱くなった蒼紫苑は、三人の達人に囲まれて、真犯人を突き止めようと必死です。今戦えば、とうてい敵いません。しかし、犯人はこの中にいるはず。
蒼紫苑のはったりと問答による冷静な推理が始まります。
物語はここからクライマックスを迎え、一気に読んでしまいました。
最初、漢詩から始まったときは、「読めるかな」と心配しましたが、各章の冒頭にある漢詩に対しては、さらりと雰囲気だけつかんで没入していったのが良かったようです。
文字も大きく、海外ミステリーの翻訳より読み易いと感じました。
本の最後に「選評」が載っています。なぜ、この作品が乱歩賞に選ばれたのかが、分かります。
386もの作品から予選委員七氏が5作品を選出し、選考委員の五氏(綾辻行人、新井素子、京極夏彦、月村了衛、貫井徳郎)により2作品が選出されました。「老虎残夢」はそのひとつ。
綾辻行人さんの選評を抜粋します。
「この作品におけるある種「特殊設定」はなかなかインパクトがあり、愉快ですらある。・・・本格ミステリーとしての穴もいくつか目につくので、刊行までにできるだけ手直ししてほしい」
なので、わたしが読んだこの本は手直し済のようです。
著者プロフィール
1980年、京都府生まれ。帝塚山大学大学院法政策研究科世界経済法制専攻修了。第67回江戸川乱歩賞『老虎残夢』でデビュー。筆名は、敬愛するアメリカの伝説的ギタリスト、フランク・ザッパからとった。(本書の情報より)
心に残る名言
P10「兵法を学ぶからこそ、戦うこと、ひいては勝つことがどういうことなのかが見えてくる」
P244「水清ければ魚棲まず」(人格が清廉にすぎると、かえって人に親しまれないというたとえ。)
師父の一家は清廉潔白すぎて、宮中でも疎まれ、左遷されていたのである。
書籍・著者情報
・形式 単行本の場合
・出版社 講談社
・ページ数 335頁
・著者 桃野雑派(もものざっぱ)
・発行 2021年9月16日
〆